『プロジェクト:シャーロック』は《年刊日本SF傑作選》の十一冊目。SFファンにとっては毎年恒例で、収録作・作家名をチェックするだけで楽しい。
もっとも、チェックだけで読んだ気になり買いそびれるという人もけっこういるはず。だって、好きな作家の作品は初出誌で読んでたりするし、いずれ単著の単行本が出るだろうと思ってしまうんですね。
しかし。
今年四月末、東京創元社の発刊告知で本書の執筆陣を見た瞬間、全国のSFファンは「こりゃ買うしかない」と思ったのでは? 私は思いました。
私はその日twitterに「とにかく売る気に満ちた一冊なんで、みんな買って応えて欲しいですね」とつぶやいてました。さっき見返して頭抱えました。「なんでこんなに偉そうなこと言ってんの? 馬鹿なの?」馬鹿なんです。自分は「昔からのSFファン」というより「古いSFファン」なんだな。いや、そんなレッテル貼りするとこがまた馬鹿。
でも『プロジェクト:シャーロック』買ってという気持ちは本気です。
掲載作家だけでこんなに目を引く一冊あるでしょうか。
宮内悠介「ディレイ・エフェクト」は芥川賞候補作、小川哲は『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞、円城塔は「文字渦」で川端康成文学賞、上田早夕里も最新長編『破滅の王』が直木賞候補となったばかりと、文学賞関連で話題を集めた作家は、本シリーズのレギュラー的作家でもあります。みんなすごくうまい。
この文章を読んでくれてるのは、少なからずSF作家を志してる人ですよね。そんな人が読んだら、劣等感刺激されるどころか、「自分が作家になる意味は無いな」と思ってしまうレベルでうまい。
この一冊で一番軽く読める小川哲「最後の不良」にいたっては、これみよがしにうまさをアピールしない、それこそノームコアな文章。だから気づかない人もいるだろうけど、凄まじいうまさですよ。
会話部が全部説明ゼリフなのに、完全に生きてる。短編だから、セリフで背景を説明させて処理する、ということは良くあります。それが本作では、説明と同時に、人物の性格・立場・他者との関係・自己認識のありようまでわからせるんです。
説明させるだけで精一杯、とか、ストーリー上は必要ないけどカッコイイ名ゼリフ言わせなきゃとか、一見不必要だが人間像に厚みを持たせるために入れておくか、なんていう書かれ方をした会話文とはレベルが違います。
そして何より、作中で流行を紹介するオシャレ雑誌が揶揄されてるんですが、「最後の不良」の初出はまさにそんな雑誌「PEN」だという作者の度胸 に驚きます(多分雑誌編集側は自分たちが茶化される趣向自体を歓迎したでしょうけど)。
とにかく上手い。それなのに(円城塔にも同じこと思うんですが)、はっきりと漂うボンクラ感。
伴名練「ホーリーアイアンメイデン」も「ものすごく頭が良い作者が、練りに練ったプロットと、緻密かつ(百合の)香気に満ちた文章で書くバカSF」で、悲劇を書いてるのに幸福感が漂う。
たまんないなあ。ファンになっちゃう。
更に、筒井康隆、眉村卓、横田順彌、新井素子、そして山尾悠子の新作ですよ。
思いっきり暴れてる筒井康隆。書かれていることすべてにひれ伏したくなる山尾悠子。おふたりは強烈すぎてむしろ変わらないのですが、他のベテラン勢はみな、読者が馴染んできた個性は持ったまま、「今」にアップデートされています。
特に人間観というものが、この十年ですっかり変わりましたね。性別や世代といった個人の属性や社会通念によりかかった小説は今もたくさん生産されているのですが、所収作にはほとんどなくなってます。もう“ポストヒューマン”を掲げずに、多様性を当然のものとして描いてるんですね。
多様性を引き受けるということは、自分が属性だと思ってたものからこぼれ落ちることでもあります。この一冊では描かれる世界も、人間も、集団に埋没する安楽を選ばないという厳しい選択をしています。
もっとも、特定の文化に属することに人間の幸福を見出すという見識もあるわけで、巻末新人賞「天駆せよ法勝寺」はそんな(というには極端すぎて、もう楽しむしかない)世界観を前提にしていました。
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「プロジェクト:シャーロック」という表題も、ミステリファンどころかカンバーバッチファンにまで買わせるつもりか? と思ったんですが、どちらのファンも嬉しいと思います。AI世界にシャーロックが生まれたら、当然あの存在も生まれてしまう。まさに現代に、現代だからこそ活躍するシャーロックと、善意の人であろうと巻き込まれていく犯罪世界を描いてます。“あの女”も重要なチョイ役です、とまで言ったら騙して買わせようとしてることになっちゃうかな。
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そして、巻末の「短編推薦作リスト」に『Sci-Fire 2017』全所収作が挙げられたというのは前代未聞の快挙ですよね。