麦原遼「嗅子」 – 『Sci-Fire 2020』

『Sci-Fire 2020』収録作「嗅子」の online version を公開します。

 

嗅子きゅうし

 

 二十三歳の秋も、あたしはシズと迎えなかった。二、三時間でシズの住む街には着くけれど、三年半かけても同じ部屋に入ることはなかった。そして冬が近づいてきた。
 書きかけの論文の展開を考えながら、冷蔵庫の扉を開ける。春に壊れて買い換えた冷蔵庫はまだ新品家電の張り切ったにおいをわずかに残しているけれど、開ければ中身のにおいが強い。カボチャが十分熟したぞと告げてきて、ホウレンソウもそろそろ傷む気配がする。
 あたしは野菜を取り、冷凍の魚を急速解凍しつつ調理にかかる。昼ご飯だ。支度を終えると、テーブルの上、できたての薫香を放つお皿の向こうに、細長い通話用の装置を置く。
 シズに発信する。すぐ正面に映像が浮かんだ。シズの顔から胸まで、その手前には、フォークを載せたガラスの深皿に、ドレッシングの光をまとった葉野菜と茹で玉子が入っている。
「美味しそうだね」とシズ。「そっちも」とあたし。
 シズの側からも、あたしの像より手前に、皿の上の煮物が見えているはずだ。においは転送されない。あたしたちはお互いの目を見て、くすりと笑って食べはじめた。言葉を交わしながら箸を進めた。
「あ、そうだ、そろそろ届くと思うよ」
 食事が終わるころシズがそう言い、その通り、ちょうどインターホンが鳴った。玄関を開けると、宅配物入れに小包がある。前世紀からの慣習で、大抵の配送物は半日そのまま寝かせるけれど、シズからのは例外だ。
 あたしはテーブルに戻り、
「開けていい?」
「あ、うん」
 と返事を聞いて奥の部屋に引っ込み、必要な道具を取ってきてから、小包を運び入れて洗浄ののち包装を剥がすと、衝撃吸収材にくるまれた小瓶を取り出し、テーブルにのせる。
 きつく締まった瓶の蓋を道具で外し、なお口を覆う封に指をかけつつ胴を持ち上げ、飲み物を注ぐように鼻先へと傾けたところで封を剥き、すうぅーっと嗅ぐ。瓶の側面の「嗅子封入済」というラベルが上下逆向きになって視界に入るけれど、そんなことすぐ意識の中で縮む。
 あらわれる。ひろがる。
 きらきらと輝く気持ちがあらわれる。刺激の緑。期待と不安の桃色。いっときの充実の黄。ちいさな要素が駆けこんできて、長い長い旗を舞わせるようにして踊る。多種の交差。重なり絡まり、ひとつの旅の流れをあらわす。――というのは、あたしの感じることの視覚的な形容だ――。嗅いでいるただなかに喚起されていくのは情動のつらなりで、第一番目に生起しているのは生化学反応だ。
 じっさいのところ、あたしたちはその感覚を〝におい〟と呼んでいる。一世紀前に知られていた狭い意味での嗅覚と、反応経路に共通性があり、親戚のようなものだから、大きく嗅覚グループに含めている。
 その感覚を引き起こす構造体は、嗅子と名づけられている。それは、個々の〝におい〟を与える要素と、自らの形状変化を担う要素とで主に構成されており、その立体的な形は、帯状のものが自分自身に巻きつきつつ丸まっているようにも見える。
 一方人間の側では、鼻の中にある嗅子受容体群が大脳新皮質とともに辺縁系にも接続していて、〝におい〟は情動を喚起する。だがそれは単発の喜怒哀楽でもなければ、複雑なもののただの混合物ですらない。構造がある。あらわれていく情動は、構造の時間的な展開を示す。
 嗅子は嗅覚反応を強制的に順序づける。第一に、帯状の部分が、身をねじるようにして次に結びつく受容体を狙い、衣を脱ぐようにしてにおいの要素を脱落させていく。ひとつの旋律のように。
 というと、複数の嗅子が鼻に降り立てば反応開始のタイミングはずれるので、結果崩れた輪唱のように全体像を見失いそうだが、そうではなくむしろ情動確定の精度を上げる。
 こうなれるのは、嗅子のもたらす情動構造の展開が、一次的な生化学反応をただ時間に沿って並べたものではなく、再編成してできたものだからだ。プログラムをコンパイルするように。あるいは言葉を聞くとき、空気の振動をある程度の時間耳にしてから母音や子音をより分け、さらには文章を文末まで聞き取ってから文全体の階層を咀嚼しなおすように。
 そう、嗅子はいわゆる言語に似ている。要素と要素の結合による複雑化を実現し、そこに構造の繰り返し参照性すら認められるという点でも。
 ただし、古典的な言語とのいちばんの違いは、容易に嘘がつけないことだ。
「――最高」
 あたしは目を開け、口に出していう。シズの送ってくれた嗅子の宮殿は今回も最高だった。みずみずしく愛に満ち満ちていて。
 シズの顔がほころぶ。
「じゃ、あたしも送るね」とあたしが腰を浮かせると、
「うん、ありがとう。あ、これからライブ観るんだ」
 あたしは座り直した。「じゃあまたね」
「また夜にね」
 シズは背中をうしろに倒しぎみに言った。あたしたちは通話を終えた。
 浮かれた気分のまま立って自分の部屋に戻り、嗅子採取に入る。まずはラックを開けて簡易式の採取装置一式を取り出す。あたしやシズのような嗅覚関係が専門の人は、ほぼ間違いなく、家では個人用のそれを持っている。それ以外の人への普及率は三割に達したところだ。
 一本の試験管の口を朝顔型に広げて底から細い管が伸びたような形をしている捕集器具をつまみとり、管の側を吸引装置の端にセットする。
 シャツをまくって、体臭が減るようにウェットティッシュで肌を拭ってから、捕集器具の口の側をお臍の周りにあてる。
 吸引装置のスイッチを入れ、空気が吸われていくのをお腹で感じながら、あたしは思い出しはじめている。
 約束を。
 シズのくれるものに対応する、あたしの情動の建築物を。
 はじめて顔を会わせたときのざわめきから、その髪に触れてかおりに包まれたときの陶酔、ふたりだけで過ごした夏の夜の湿り気――なんでもない一日にはしゃいでめちゃめちゃにした空っぽになった――旅先で一杯食わされて顔を見あわせた――体験の点描――ときに連鎖的な別体験想起を含みつつも決めた順に思い出していく。決めた順に、決めたグループ順に。
 その配置に嗅子は対応する。
 臍から放出される嗅子は情動構造に対応する。
 そして小包の送り先に届くと、同型のものを展開してくれる。
 もし、あたしが思い出す体験の意味が大きく変質したら、あるいは欠落が生じたなら、放出される嗅子の構造や異構造体比率はおそらく変わってしまう。
 紛らわそうとしても、ごまかしや嘘を感じたとき、その気持ちを嗅子が反映する。
 嗅子は血文字よりもあかあかと思いの正しさを証す。
 だからあたしたちは、もう抱きあえないと諦めた十九歳の日から、変わらぬ思いを送りつづけることを約束した。
 嗅子が安定な構造を保てる最大限に近い大きさの、それだけ大きければ他の人が同じものをつくるなんてまずできない二人だけのメッセージを決めて、一ヶ月に一度、つくるのだ。
 嗅がれると反応して壊れてしまう嗅子は儚く、手紙を読み返すように繰り返し味わうことができない。だから今日が終わると、次はひと月後だ。
 情動のストーリーが定めた終わりに行き着き、細管部分にあるフィルターの手前に嗅子を溜めたろう捕集器具を取って濃縮装置にセットするときにも、あたしはすでに来月が待ち遠しかった。

 服を着替えて外に出て、小包を送りがてら、スーパーマーケットに寄ることにした。
 陳列棚の間で、同年代か少し年上だろう二人組が視界に入った。時々でくわす人たちだ。手をつないでいるのが見えて、胸に痛みが走る。そうするのは少数派だと思っても痛みは消えない。
 醜いな、自分。
 この感情をいまも臍では嗅子に変えているのかもしれないけれど、嗅ぎたくない。
 お腹を押さえ溜息つきつつ場所を変えると、幼い制服姿が製菓材料の前で肩を寄せあっている。なつかしさとさみしさに、口が内側からほころびる。
 あたしもなにか作ろうか。そう思って、かれらが動いたあとに行きかけたとき、鼻がこわばった。障壁のような特有のにおいがした。
 あたしは踵を返し、すぐあとに、店の入り口で荒い息をととのえていた。
 携行する端末で、有志による情報収集システムに接続。登録開始。
 ・場所について。地図でスーパーの住所を選択。
 ・推定放出源について。姿と推定年代を記述。
 ・推定危険物について。テンプレート利用で記述。
 ――登録し終える。
 あとは店の設備がよきにはからい、制服姿のあの子たちは保護されるはずだ。検査のあと隔離か入院か、一週間か二週間程度だろう、インフルエンザの系統のようだった。
 世の中の多数派はあたしのように、いくつもの有害なウィルスを嗅いで知り、凝集源を避けることができる。でも人によっては体調や薬剤の影響で嗅覚が抑えられていたり、特定のタイプに反応しにくかったり、そもそもこの嗅ぎ分け機能が発現していないこともあったり、で、たまに感染が起きてしまう。
 それで、危険を嗅ぎ取った人が情報を提供するという習慣がある。
 ここで自分が「放出源」だと人にわかることは、子供たちの中だと怖がられているけれど――子供集団では昔の物語が神話的に生まれ変わる――大丈夫。あの子たちも安心してほしい。あたしも十六歳になりたての夏、修学旅行先で罹って隔離されたことがあった。案外ふつうの経験だ。いや、シズと一緒で、二人で部屋を独占したから、特別の時間だった。
 急に熱が上がって、ひょっとしたらあたしたち死んじゃうのかな、なんて言って。
 そうしゃべりながら部屋をぐちゃぐちゃにして遊べたのは、少なくともあたしについて話すなら、世界を滅ぼす引き金の病になっていたわけじゃないからだ。
 社会は自衛の自信に満ちている。感染症の罹患者は汚れを撒きちらす前に収納される。もし、多くの人が嗅ぎ分けられない危険なものがでてきたら、また嗅覚の範囲を更新することになるだろうけれど、大事なことはひとつ。すべてを初めてつくった昔とは違い、嗅覚での危険感知という武器の枠組みができていることだ。

 火事は夜を赤く染める。同じように、感染の危険が簡単に感じられたらいいのに。
 その願いが、半世紀といくらか前に巨大な武器をつくった。
 前世紀――人呼んで危機の時代。
 気象危機と食糧危機で消耗する人類を度重なる新型ウィルス感染症の波が襲った。数年おきの死体の山と、生き残りに授与される勲章の列のような後遺症、善良正気なものを鞭打つ恐怖。耐えても報われる保証などなく、ついに、あたしたちのおよそ二世代前にあたる人たちは、生体を変える方向に舵を切った。
 細胞は無防備だ。ウィルスをたやすく侵入させる。細胞のそんなゆるさは生命を作ってきた、侵入者のコードを取り込んで生命は進化してきた、けれど、人類が生きるために、いまやすべてを許容してはいられない。
 あたしたちの先祖が目指したのは、ゲノムに手を加えて、有害ウィルスを発症危険域より少ない個数で感知する機構を体内に設け、人間が自衛できるようにすることだ。ここで感知機構として着目されたのは、分子レベルの構造物に反応する、嗅覚まわり――においやフェロモンの感覚だった。
 たとえば、昔から、マウスなんかでは警戒行動に結びつく機構の存在が注目されていた。危険な状態にある個体の発するフェロモンが、鼻先にある感覚器を刺激し、大脳辺縁系にゆく副嗅覚系を活動させ、他個体の警戒行動を喚起するというのだ。こういった機構に関連する体内器官はヒトでは発生中の胎児の状態でしか見つかっていないようなこともあったけれど、痕跡でも何でも存在すれば活用できる。
 痕跡、といえば、ヒトのゲノム中には、嗅覚関連でそのままでは機能を発揮しない偽遺伝子が少なからず存在したのだった。ヒトにしてもゴリラにしても、猿の近縁種では、視覚が高度化するかわりに嗅覚が退化したのではと言われていたが、これらの偽遺伝子の探究で得られた理解も、この取り組みの本丸――有害ウィルスのタンパク質に特徴的な構造と反応可能な受容体の設計、ならびに、感覚信号を伝達する経路づくりへと用立てられた。
 文明文化の退縮と滅亡というタイムリミットさえ見える中であたしたちの先祖は格闘し、微細精緻な機序解明、ミクロな大サーカス様の曲芸的技法、その他諸々の発見発明の積もった山の頂をゲノム手術へと鍛造し、求めた機能――拡張した嗅覚として位置づけられた感知機構――を作ったのだった。
 一連の流れを、あたしたちは嗅覚革命と呼んでいる。

 革命は大きな二つの副産物を生んだ。
 一つは嗅子の発見だったけれど、もう一つは、人間が他人からの放出物に抵抗を感じるようになってしまったことだった。放出物、そう、嗅覚拡張により今ではにおいの一部として捉えられるものに。その原因は、ヒトに親和性があるウィルスに敏感になるための設計と、自他弁別機能と、絡みあってしまっているみたいだった。副作用がでるとわかっても、あたしたちの先祖は変革をやめなかった。
 それにどのみち、いろいろな病原体が跋扈するところでは、人と人とが生身で接近するなんて、罪や悪と隣りあわせだったのだ。新しく誰かと接触したければ、自分の日常的接触者でなる共同体の審査を経て迎え入れるか、でなければ共同体を捨てて一蓮托生よと駆け落ちするか――あるいは、共同体を裏切って密会するか。
 危険を嗅ぎ分ける力が手に入れば、そんな束縛はなくなり、自分一人の意思で誰と会うか決められるようになる。あたしの先祖はそう信じた。「においがいやで会わないと決めるのも自由の一部だ」とさえ高らかに謳った。
 けれども覚えておいたほうがいいことは、対人関係についてすら罪の浄化と自由の再獲得という勝利で幕を下ろしたと、あたしたちは子供のころから教えられてきたけれど、それは、人類生活区域上で広い面積を占めつつも、あくまで一部分にすぎない文化のなかで価値づけた話だということだ。ある言い方をするなら、嗅覚革命以前から、会う人の体のにおいの不在を、顔の不在と比べるまでもなく、重大だとみなさない文化。
 十六で大学に入ったとき、あたしは、違う文化があったのだと知った。挨拶で互いの体のにおいを嗅ぎあって、そのエネルギーが過剰なら吸って除き、不足なら吹きかけて加えるところ。集団ごとににおいがあると考えて、婚姻では異なるにおいの人を選ぶところ。
 そういった文化の一部は変化を受け入れたと、聞いた。けれどそうしなかった人たちについて、あたしはまだ、ほとんど知らずにいる。世界の一部は、一般人の旅行に組み込まれない、不可侵的な場所になってしまってる。
「わたしの先祖は二つに分かれたんだ」と大学一回生のときシズが言った。「一部はここに来た、そして一部は〝暗闇〟だって。今まで気づいてなかったでしょ? 話すのって勇気いるんだよね」
 ええ、あたしたちの先祖、って言ったのは傲慢だ。あたしの先祖。あたしの先祖は力と安全な土地を手に入れた。あたしは新時代の二世代目として生まれた。

 子供のころは、まだ、生後すぐからともに暮らす人たちのにおいには抵抗が出ない。始まるのは思春期で、その兆しが出てくると、社会的に自立が認められる年になるまで庇護されるべく、警戒抑制剤を最長五年間投与されて過ごす。投与の間はウィルス感知能力も落ちるので、前世紀の呼び名をもじって「危機の季節」と呼ばれる。
 しかしこの季節こそ、新時代のあたしたちにとってかけがえのない日々だった。
 接触と交接の季節。飛びまわる花粉の季節、生まれた株を離れて、未知の腕に飛びこむ季節。同じ時を重ねる人と、あのいやな警戒感なくふれあうことができる季節。
 好奇心と、初めての陶酔、そして終わりへの恐怖で、ほとんどの人が一度は恋人という存在をつくる。そして季節の終わりには、七割を超す人たちが、これからも一緒にと誰かに誓う。革命戦士世代は贅沢だとあきれるけれど、あたしも多数派にあった。
 そう。抑制剤の投与が減れば、だんだんと人のにおいが苦手になっていくと聞いていたから、絶対にそうならないといえる相手を探そうとした。そして、試しあうように何人かと過ごしたあと、十四歳の春にシズを見つけた。
 出会ってすぐに惹かれあった。シズのかおりはとろけるようにあたしを満たした。爪も、指も、胸も、腋も、すべてのかおりが心地よい弦の音のようだった。シズも同じことをいった。ルリ、あなたは別格。こんな人がいるなんて思ってもいなかった、と。
 あたしたちは、他の人と遊びながらも、お互いが不動の一番だという認識を強固にした。もしこの結びつきが破れるなら世界に確かなものなんてない。体の芯から、あたしたちは合うようにつくられたんだ。
 仲間うちで回ってくる「こんなカップルは今後危険」チェックリストにも、該当項目は一つもない。そんな組はあたしたちだけだった。
 どうしてうまくいかないと思うだろう? でもそう、うまくいかなかった。
 同居して、十七歳の秋、タイミングを合わせて、抑制剤を減らしはじめた。そこから物事の意味がまるきり変わった。清水が濁流に、甘い味が苦い味になるみたいに、においの「好き」だった部分が少しずつ濁り、「鼻につく」へ変わっていく。体にしみこんできた艶やかな誘惑が、起きたいのに体にまとわりつく濡れたシーツのように鬱陶しくなり、それでも浸透してくる支配力がうるさい暴力として空間をかき乱す。自分を守る力が内側から膨張してあの人を拒もうとする。けれども、いちばん困惑するのは、なにひとつ本当のにおい自体が変わっていないことだ。だから、あたしの記憶は、つじつまをあわせようとして、本当は最初っから嫌いだったんだと思いたくなり、そんなはずないんだと引き戻そうとし――絶対にそういえる? ちょっと嫌なことあったんじゃない? と反論し――事実と意味の関係がめちゃめちゃに揺れて、当時のことは、日記と保管した嗅子なしではまともに思い出せない。
 うん、そして、シズの体は異物になった。
 けれどあたしはシズが好きだった。何十ヶ月もつきあううちに、話だって顔だって性格だって名前だって別格に好きになっていた。シズもあたしにそう言った。だから、おたがいさ、抱きしめたときのかおり、心地よいかおりさえ戻ってきたら、なにごともうまくいったのに。
 というのはつまり、そういうのが、多数派なんだ。統計は言っている。誰かと同居する人の割合は二十歳前後でがくんと落ちます、二十五歳で二割そこそこで落ち着きます。あたしたちの関係は統計の多数派側に回収される。
 格闘した。大学で勉強と研究に精を出していたから、接触する時間は減って、だからピリオドはずるずると引き延ばされた。その間に、愚かな人たちがすがる減警戒臭グッズを、皮膚が痛む副作用承知で試した。
 いやなものは薄まったけれども、好きだったかおりは戻らなかった。肌からのいろいろな放出物が減らされたためか、警戒臭の源こそが前は好ましさの一部だったのか、どっちであっても、贅沢だけど、つまるところは、戻れないという痛感と皮膚の苦痛と二重の痛みに刺されながら抱きあうというタフな選択肢はあたしたちは選べなくて、かといって少しの人たちが目覚めるような嗅覚マゾヒズムが開花したわけではなく、そう、それで十九歳の冬、世界のにおいが一番静かな季節、シズとあたしは同居に終止符を打った。
 でも気持ちは生きていて走っていた。だからあたしたちは約束した。
 あたしたちの体を引き離す力よりも古い力で、結びあいを証しつづけようって。

 スーパーの外壁に沿って歩いていると、壁面に博物館の展示の広告があった。特集の内容を見たとたん、今日の日付を思い出した。大学に入って、初めて二人で旅行した日だ。それで、スーパーでしそびれた買い物をするのは後回しに、博物館に足を運ぼうと思った。
 その展示は、旅行先に選んだ地域のものだった。あたしが大学で、嗅子ある言語でのスペルはodoronの認知作用を専門に学ぼうと、嗅語文法odo-grammer(嗅子をにおい作用からみて、その構成物をある単位で分けたものを、古典的な言語との類比から嗅語odo-wordと呼んでいる。ただし語の切り分け方は確定したものではない)や嗅語運用論odo-pragmaticsなどの新興資産を噛んでいたのに対し、当時のシズは嗅覚革命後の文化伝承の変化を探究しようとしていた。
 いまやらないと失われてしまうから、と。
 それで体当たりで、二人で旅行先でフィールドワークしようとして、インタビューしたら法螺で担がれたりなんだりと、大変な目に遭った。帰ってからはその間の講義報告を頼んでいた人々に浅慮蛮勇無謀馬鹿だと言われ、ついに軽薄と言われたとたんシズが怒った。
 その旅行を思い出しながらあたしは展示を回り終え、博物館の出口のわきの木にもたれてお腹を押さえた。
 会いたい。
 そう願ったのとどっちが早かったか。視界に間違えのない姿が映った。
 横顔に結ばれた髪が揺れて、建物から現れる。こちら向きにターンした体のその腕に、知らない腕が絡まっている。知らない顔が笑っている。
 あたしは幹の陰に隠れつつ、馬鹿みたいに、知らない顔がちょっとあたしに似ていると思った。
 シズは苦痛も警戒もない顔で、腕をほどき、代わりにその手で額をつついて、唇を動かす。その形は、
 かわいいね。
 の形にはまる。
 あたしは逃げ出した。
 シズが一人で博物館の入り口に進むのが一瞬見えながら、逃げた。どうして逃げている? 言葉、言葉はいつだって偽れる。そうじゃない? あたしたちの間にはもっと確かなものがあるのに。たださ、単にシズはその人と近くにいることができているというわけじゃない?
 その晩、予定通りにシズと話した。展示を見たよ、とあたしは言った。シズも、ちょうど見たよ、と言った。あたしはシズを見たことは言わなかった。思い出話をした。「ルリと会えてよかった」とシズがほほえみ、痛みの話はしたくなくなった。
 来月また約束が来る。あたしはそれを待った。

 約束を証す古い力、嗅子。それが発見されたのは嗅覚革命のさなかだった。
 ゲノムが舞台の、ある意味で考古学的な発見だった。
 感覚増進の狙いをつけられたヒトの嗅覚機構を調べるうち、ひとつの遺伝的痕跡がみつかった。そして近縁種のゴリラやチンパンジー、やや遠のいてゾウやコウモリも、多くの哺乳類で、それらしいものが消失せず発現しているらしいことがわかった。だが、発現物の働きが明るみに出たときには、まさか――と笑いが起きた。それは知られていなかった高分子の感受機構で、よりによって、哺乳類の近縁の中でヒトだけが失っているようだったからだ。
 いま嗅子と呼ばれているこの高分子の類がみつかり、実のところヒトも感受していないだけで放出は続けているらしいという結果が出たときには混乱が起きた。
 過去の動物実験が取り上げられ、実験関係者であるヒトから放出されたものが実験対象である動物に影響していたケースもあるのではないか、などと騒がれた。が、その点については、嗅子の構造は種によって違いがあり、ヒトとマウス程度に離れていたら深刻な影響はないだろう等々と議論され、ヒトの関与の影響自体は割と整理されたが、嗅子と嗅子感受後の反応についての種間類似度は、進化生物学や動物行動学の面からも研究が続けられている。
 なお嗅子が情動作用を持ち、階層的な組み立てがなされることから、以前唱えられた分節認知能力嗅覚起源説(全体を分けてとらえるという認知能力は嗅覚が起源であるという説)までもが俎上に載せられ、それはともかく、嗅子処理能力の一部が言語処理能力の土壌になった可能性については今世紀検討の真っ最中だ。
 さて、問題の嗅子感受機構は、革命において、あたしたちの中に復活した。

 当初は、多くの人に、感染危機感知に必要だと認定されておらず――革命の原則「ヒトの変化は最小限に抑えること」に抵触すると思われていた嗅子感受機能復活は、かなり有耶無耶なやり方でゲノム手術に組み込まれたという。それを政治的にも実験的にも引っ張って批判を受けたのが一人の科学者だった。
 留学先で嗅覚革命に身を投じてすぐ、感染症流行の中で出身地の文化共同体が滅びたその人物は、「このままでは革命でまた殺される」と私的なノートに記している。その科学者はにおいに関する語彙や決まり事が豊富な文化の出身だった。
 あたしは、人の思想が出身文化をそのまま受け継ぐとは思っていない。いわんや全人格は。けれど、その人物が公の場で出自について語った形跡はないと聞いたことこそが、落ち着かなかった。
 ノートのことをあたしに教えたのは十七歳のシズだった。
 十九歳のあたしたちは、復活した力で自分たちの間を保証しようと約束した。

 翌月、シズからの小包が来ると、あることに思い至ったあたしは、瓶を開けてその中身を二分の一に希釈した。そっと嗅ぎ、嗅子がつくる芳醇な宮殿に招かれて甘やかさにふわふわしながらも、あたしの手は残りを再び希釈した。そしてまた嗅ぎ、また薄めた。また嗅いだ。そこで実験をやめた。
 濃さ四分の一の時点では嗅子の構造が嗅ぎ取れた。だが八分の一にすると、あたしは一部の要素を感じ損ねた。厳密ではないが予備実験はしている。あたしが適当に嗅子を封入した場合では、三十二分の一でも十分嗅ぎ取れていた。そして経験的にも、これは標準よりも明らかに薄い。
 シズは薄めているのではないか? ――なぜ? そう、もう同じ嗅子を作れなくなったからだ。だから、前に作ったものから取って、希釈を重ねてあたしに送っているんじゃないか。……もしそうなら、終わろうとするのを先延ばしにする行為を、どう解釈したらいい?
 そう、なぜヒトが嗅子感受能力を失ったかという話だけれど、いわゆる言語能力が伸びて嗅子器官形成のメリットが落ちたという説や、言語処理と嗅子処理が邪魔しあうという説に加え、冗談みたいだけれど、虚構で成り立つ世界では嗅子を感じるほうが不都合だったという説もある。
「いまからあなたのところに行く」
 あたしはシズに非同期的な言語的メッセージを送った。

 静かに冬へ潜る道は、雨が近いのか、湿った平たいにおいが垂れ込めている。常緑樹のにおいもまるく身を守り、コートが含んだままの昼食のかおりが、あたしのゆく場所に跡を残して少しずつ減っていく。
 シズの住む部屋の前にたどりつくと、あたしのノックに対して扉が押され、隙間から鋭い空気が流れ込み、シズの目があらわれた。あたしは体をねじ込ませ、たじろいだシズの両肩を玄関の壁に押しつけた。
 距離三十センチ。
 頭がシズ一色になる。追い払いたい。近づくんじゃない敵だ、と頭の奥が警告している。同じ気持ちだろう。シズの顔がゆがむ。
 あたしはしゃがみ、シズのセーターに手をつっこみ、服の裾をつかみあげる。
 距離十センチ。
 警報で頭がいっぱいだ。離れるべきだという嵐が起きている。その抵抗を押しつぶすようにして、鼻を近づけ、お臍につける。
「あたしのことを考えて、シズ」
 広がる――驚き、好奇心、かわいらしさ、おどる心、期待、野心……。
 あたしはシズの目を見上げた。
「それ、あたしじゃないでしょ」
「ああ、ルリ、さすがね」
 シズは額に手を当てて、苦く、けれど強ばりがほどけるように言った。そのせいで、追及を形づくるはずの矛が軟らかくなってしまう。
「あたしといても、野心が満たされる期待なんてしないでしょ。あたしのことを考えてよ」
「その前に話していい?」
 あたしは立ってコートを脱いだ。

「抵抗感が薄い人と会ったの」シズは言う。「『危機の季節』が過ぎて、だよ。そういうことはたまにあるって聞いてたけど、まさか自分がなるなんて思ってなかった」
「でも好きなんでしょ?」
「ルリが嗅いだとおりね」
「かわいい気持ちに野心を混ぜるなんて、シズ、中々だね」
「向こうも承知。承知のうえで、どこまで抵抗ないか、試すだけ試してみた。そんなもの、基本醇正なルリにはなるだけ知らせたくなかった。あなただけは失くしたくないから」
「ずいぶんな仕打ち」
「だよね。ほんと」
 あたしはシズのお臍をつねった。寝っ転がって互いの鼻をお腹に近づけるという姿勢で、あたしたちはしゃべっていた。
 シズがきついにおいとともに放出しているのは、たとえば真剣さと悲しさ。そして諦めの悪さ。イオンではなく分子の結合のように、それぞれの要素を容易に引き離させない、その嗅語の連なりは、砦のように厚く堅固だ。
 あたしが放出しているのは、わからない。困惑? 憤り? あの宮殿を今日シズは作っていない。やはり作れないのだろう。なら、一度は、あたしに追加で送れるほど余分に嗅子をためたときのシズの気持ちを、あたしはどう思えばいい?
「ルリ、まだ聞いてくれるなら話していい? その人を見つけてから今のテーマに取り組みはじめた。わたしの野心の先は、人どうしの抵抗感がなくならないかってこと」
「なに? 革命で諦められてたでしょ」
 シズが少しずつ人体にテーマの軸足を移していたのは聞いていたけれど。まさか。
「あの時代の人たちは時間が追いつかなかった。先代のできなかったことをするのが、わたしたちの仕事じゃない?」
 本気みたいだ。もし別のことを考えてのことであっても。
「希望はあるわけ?」
「わたしとその人のことを調べたら、免疫系にいくつかよく似ていた箇所が見つかって。それとね、生まれたての子は周りに抵抗感がないってのが、どうやら周囲の人の免疫情報を復元して取り込んでるみたいな話じゃないかって――大人になって自前のものが育つと消える――。だから、免疫系を貸して被せる、みたいなことができたら、いけるんじゃないかって」
「なんで知らせてくれなかったの?」
「ごめん、知らせたくなかった。わたしが変わったのは確かだもの。わたしは何だってする人になった」
 あたしは逆さのシズの顔を見る。
「それで薄めた、とでもいうの?」
「気づいたんだ。そう、さすがルリ。わたしは、その人と話す前に、あなたへの気持ちを流して瓶に詰めた。話したら、変わっちゃうと思ったから。もしわたしが感情構造を保持しながらそれを包む構造を示せたなら、つまり完璧な思い出が残ったなら別だけれど、それはできないと予感していた。あなたへの気持ちは、過去の一瞬一瞬すら綺麗なものじゃなくなる。自分と世界への憎しみと、あなたを取り返し勝ち取るべきだというぎらつきに変臭する。――ルリ、あなたはその変化にすぐ気づくでしょう。――そうしたら、わたしがやったことは、成功しなかったらただの裏切りだから……でも、ルリが言うまで言い出せなかったわたしは、ひょっとしたら一生成功しないままで……」
「でも、あたしは言い出した」
 あたしはシズの指をつかんだ。砦は崩れ、あたしたちの口はもうなにも言わなかった。
 濁流。
 次に立ち上がったときは、あたしは絞りかすになっていた。シズからもなにも出てこない。
 あたしは、シズが嗅子を保存した大瓶をベッドサイドテーブルから持ち上げた。容易に割れないのは承知だ。シズの道具を使って蓋を開けた。あたしたちの古い季節は終わった。





参考

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  • 板倉拓海・東原和成. 2018.「フェロモン受容体」脳科学辞典. DOI:10.14931/bsd.598.
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  • Brechbühl, J., Klaey, M., & Broillet, M. C. 2008. “Grueneberg Ganglion Cells Mediate Alarm Pheromone Detection in Mice”. Science. DOI: 10.1126/science.1160770.
  • Niimura, Y., Matsui, A., & Touhara, K. 2018. “Acceleration of Olfactory Receptor Gene Loss in Primate Evolution: Possible Link to Anatomical Change in Sensory Systems and Dietary Transition”. Molecular Biology and Evolution. DOI: 10.1093/molbev/msy042.
  • 武村政春. 2017.『生物はウイルスが進化させた 巨大ウイルスが語る新たな生命像』ブルーバックス.
  • ノーム゠チョムスキー:福井直樹・辻子美保子(訳). 2014.『統辞構造論 付『言語理論の論理構造』』岩波文庫.

執筆中、上記の文献等に刺激を受けました。また難波優輝さんにコメントをいただきました。ありがとうございます。


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