Cast a cold eye on life, on death. Horseman pass by!
W. B. Yeats “Under Ben Bulden”
ここアイルランドで馬上の人は生や死に冷たい視線を投げかけて通り過ぎるのかもしれないが、私は壇上で代わる代わる賞賛を浴びる人々に熱い視線を向けていた……。
と、やや大げさに書き出しましたが、2019年8月15日〜19日の5日間に渡ってアイルランドはダブリンで開催されたWorldCon 2019に参加してきました。
そもそものきっかけは藤井太洋さんに誘われたこと。日本のファンダム(=SFファンコミュニティ)からは何人か行くのだが、作家で行く人があまりいないとか。僕自身、普段仕事で使っているWordPressというオープンソースソフトウェアの海外イベントに何度か参加し、そこで結構いろんなものを体験したので、SFでもやってみようと参加しました。
なにせ5日間に渡るイベント、お伝えしたいことは山ほどあるのですが、まずはWorldConのメインイベントの一つでもあるヒューゴー賞授賞式についてお伝えします。
5日間ある大会期間中、ヒューゴー賞授賞式は4日目の日曜日に行われるメイン・イベント。コンベンションセンターのメインホールを貸し切って、行われます。
司会者も作家やイラストレーター、SFFファンなどのコミュニティメンバー。話術も巧みでプロの司会業かと思いました。マスター・オブ・セレモニーであるAfua Richardson(写真左の女性)はアメコミのイラストレーターでありながらプロシンガーでもあるとかで、途中に歌を披露、普通にうまかったです。
授賞式の式次第としては、キャンベル賞(新人賞)、ヒューゴー各賞、メモリアル(追悼)、などが行われました。それぞれ印象に残ったところをさらっと触れていきます。
キャンベル賞
キャンベル賞は新人賞です。Jeanette Ngが受賞。この方はスピーチでキャンベルが差別主義者だということを言っていたのですが、それがのちほど論争になったようで、キャンベル賞の名前が変更されることになったようです。
香港の方だというので現在の香港の状況についても語っていました。そのときの話しぶりに鬼気迫るものがあり、僕はなんだか感動してしまいました。この感動の源泉については別の機会に書きます。
追悼式
SFF界の故人を偲ぶ追悼式もありました。そういえば、僕が敬愛するジーン・ウルフもなくなったのは今年。モンキー・パンチや京アニ放火事件の犠牲者なども名前を挙げらていました。厳かな雰囲気の中、コミュニティの暖かさが感じられます。V・S・ナイポールの名前も上がっていたのですが、ファンタジー作家という位置付けだったのでしょうか。
ヒューゴー賞
ヒューゴー賞は部門がたくさんあるので、それぞれのパートで印象に残ったものについて言及します。賞の結果などはすでにVirtual Gorilla+などにまとまっているので、そちらでどうぞ。
ファンなど
ヒューゴー賞には作品以外のものにも送られます。ファン、ポッドキャスト、同人誌、編集者、ブロガーなどなど。この中では同人誌部門で受賞したElsa Sjunneson-Henryさんが印象に残っています。彼女は盲目で、盲導犬を連れてステージに上がっていました。文学賞で盲導犬を連れた女性がステージに上がるという光景は、なにか人間の持つ力強さを示していました。
ちなみに、Related Work部門にノミネートされていたメキシカンイニシアティブですが、僕はちょっとした縁からクラウドファンディングの寄付をしていたので、受賞ならず残念。リワードとしてSF小説の登場人物にしてもらいました。
コミック
日本人のタケダサナさんが “Monstress” で三連覇の快挙。”Monstress”は翻訳が出ています。これはすごいことのような気がするのですが、あまり話題になっていないような……。
申し訳ございません、このリンクは現在利用できないようです。のちほどお試しください。
短編部門
短編と一口に言っても、Short Story(掌編)、Novelette(短編)、Novella(中編)と色々あります。僕が書いたブログ記事渡辺由佳里×藤井太洋「セルフ・パブリッシング最新情報と海外デビューについて語り尽くそう!」講演録にまとまっているのでご覧ください。
で、ざっくりとした印象としては「受賞者全員女性」「アジア系の人がいる!」でした。中身のない印象ですみません……。なにせ読んだことがないので。タイトルで一番引かれたのは”The Tale of the Three Beautiful Raptor Sisters, and the Prince Who WasMade of Meat”(美しいラプトルの三姉妹と肉でできた王子)ですが、受賞ならず。
ヒューゴー賞ではパピーゲート事件というのがあって、その反省か、今回は女性、非白人などが多く受賞したようにも思います。実は僕にも投票権があったのですが、誰が誰だかわからないので投票を見送っていました。
長編部門
Mary Robinette Kowalの”The Calculating Stars”が受賞。どんな話かまったくわからないのですが、ネビュラ賞も受賞しているとのことで、直木賞&本屋大賞W受賞といったところでしょうか。大変な話題作になることが予想されます。
ちなみに、東京創元社で翻訳小説を担当している石亀氏は僕の高校の同級生なのですが、ワールドコンに来ていたので、おそらくヒューゴー賞受賞作 “The Calculating Start” の翻訳独占権交渉をしていたのではないでしょうか。邦題は『星を数える』かな?
翻訳権は日本と海外のエージェントを通して交渉するので、著者個人と話し合うことは通常ありません。また、賞を取ってから翻訳権交渉するのは遅くて、たいていは本国で原書が刊行される前後くらいにはもう獲得されています。
追記:本人から連絡きたのですが、賞取ってからでは遅いようです。
さて、ノミネートを見ていると気づくのですが、候補作の発表媒体にはかなりの偏りがあることがわかります。
Torが一番多く、Saga, Uncanny Magazineなどがそれに続きます。
日本SF大賞に選出される作品の多くが早川書房、東京創元社、河出書房などの作品であることと同じシチュエーションです。ただ、一番異なるのは、ヒューゴー賞だとWeb媒体やセミプロジン(原稿料を出す有名な同人誌)がノミネートされていること(そして実際に受賞すること)が日本との最大の違いではないでしょうか。
日本だと、『なめらかな世界と、その敵』で話題の伴名練さんが「初出が同人誌だけど創元SF傑作選に選ばれる」というケースですが、あまり多くはないような。それが、海外SFシーンではわりと普通のようです。
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日本のWeb小説は「なろう系」などが成果を出しているものの、まだ商業出版物とそれ以外には主に受容の面で大きな隔たり——要するに非商業は一段下——があります。しかしながらヒューゴー賞を見ている限り、そのギャップは徐々に解消されていくのではないでしょうか。
ヒューゴー賞だとShort Story 部門で多様な媒体が選考対象になっていました。最近英語で作品を発表している僕も、まずはそこらへんを狙っていきたいと思います。
授賞式が終わった後、近くのバーのアイリッシュビールで乾杯。SF界最大のイベントの一つを見ることができた夏の夜はとても涼しく、多くの学びをもたらしてくれたのでした。続く。